【企業訪問レポート】働くことを取り戻す 小さな食堂が生んだ「半歩雇用」―定越食堂(株式会社ニュートラル)

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【企業訪問レポート】働くことを取り戻す 小さな食堂が生んだ「半歩雇用」―定越食堂(株式会社ニュートラル)

2026.03.27
助成レポート

「若年就労困難者のための包括的就労支援事業」では、さまざまな事情から働くことに困難を抱える若者に対し、就労支援団体が市民や企業と協力しながら「働く」を支える仕組みを地域に作ることを目指しています。
就労支援というと、支援や福祉の専門機関の取り組みを中心に語られることが多いですが、地域には企業やお店が独自の工夫によって、多様な働き方を生み出している実践もあります。


今回訪れたのは、株式会社ニュートラル(茨城県つくば市)が運営する定越食堂。
ここでは「半歩雇用」と呼ばれる働き方が実践されています。
(プログラムオフィサー 大村みよ子)

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「わかりました。でも、籍は置いておきます」

がんが再発し、退職の希望を伝えてきたスタッフに、株式会社ニュートラル 代表取締役の中川達也さんはそう伝えました。「無理をして働く必要はない。働けるようになったら、また戻ってくればいい」
中川さんの言葉には、この食堂の「働く」の考え方が表れているように感じられます。

定越食堂(さだごえしょくどう)は、茨城県つくば市金田(こんだ)という、人口約800人が暮らす静かな地区にあります。もともと別の人が営んでいた居酒屋を改装し、中川さんが新たに食堂としてオープンしました。従業員数は現在30人です。

 

「定越食堂」という店名には、「これまでの定食を越えていく」という思いが込められているそうです。料理の中心は魚の定食。その日仕入れた魚を使った日替わり定食が提供されています。藁焼きなどの調理法で魚の旨味を引き出した料理は、この店の名物のひとつです。
店内に入り、まず感じるのは明るさと清潔感。
内装はモダンで、昔ながらの食堂というよりカフェのような空間です。
スタッフの皆さんも親しみやすい雰囲気で、その空間に自然と安心感が生まれています。

訪れた日も、開店と同時に満席となるにぎわいでした。料理の美味しさとボリュームが評判の、地域の人気店でもあります。

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青いタイルが印象的なカウンター席。

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量の多さにびっくりしましたが、美味しいのでペロッと平らげてしまいました。

半歩雇用という働き方

定越食堂では、「半歩雇用制度」という、「働きたい」という気持ちがあっても、すぐに通常の雇用形態では働くことが難しい人に向けた働き方が実践されています。
体調に波がある人・人との関係に不安を抱えている人・学業や家庭と両立している人など、働く人の状況はさまざまです。
さらに、月に数回だけ働きたい人・短時間で働きたい人・別の仕事と両立している人など、働き方も人それぞれです。

こうした働き方は一般的な企業では成立しにくく、場合によっては離職を余儀なくされることもあります。しかし、定越食堂ではオープンからの約3年間で、これまでに6人ほどがこの半歩雇用で働いてきました。
「一歩を踏み出すのは難しいけれど、半歩だったら働きはじめられそう」そんな人に向けた取り組みは、どのような環境から生まれているのでしょうか。

職場の文化をつくる

定越食堂の壁には、大きなポスターが掲げられています。
一見するとグラフィックアートのようですが、よく見ると、そこには会社の理念や大切にしている言葉が並んでいます。難しい表現はなく、誰もがどこかに共感できそうな言葉ばかりです。料理を待つあいだ、ふと目を留めるお客さまもいるのではないでしょうか。

そして、ポスターの一番下には、「そんな世界を一緒につくろう。」という一文。

定越食堂は、ただ美味しい料理を提供するだけの店ではないのかもしれない——そんな思いが湧いてきました。

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店内に掲示されたポスターには、理念とともに「創造」「分かち合い」「最善」などの言葉がちりばめられています。

中川さんが半歩雇用について話すとき、よく出てくる言葉があります。それは「文化」という言葉です。ルールやマニュアルを整えることよりも大切なのは、職場の文化をつくることだと中川さんは言います。
中川さんが働き始めるスタッフに必ず伝えているのが、「安心安全ポジティブな場づくりが9割、スキルは1割」という価値観。
「安心して働ける場をつくるために欠かせないのは、働く人同士の関係。安心して関われる関係性があってこそ、人は自分らしく働くことができる」中川さんはそう考えています。

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社員向け資料より。(画像提供:株式会社ニュートラル)

つまりニュートラルにおける「文化」とは、みんなが安心して関わり合いながら、自分らしく働ける職場、なのです。その文化を醸成するために、社内では売上や業務の話よりも、「どんな価値観を大切にするのか」という話題の方が多く交わされているといいます。
半歩雇用は、このような文化があったからこそ生まれてきたのかもしれません。

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株式会社ニュートラル 代表取締役 中川達也さん

実際、半歩雇用という制度を大々的に掲げた求人を行っているわけではありませんが、それでも、お客さまとして来店した人が「以前の職場でつらい体験をして長く働いていなかったが、ここでなら働けるかもしれない」とスタッフに加わったり、お客さまの紹介で働き始める人がいたりします。
そうした出来事が起きるのは、この店で大切にされている文化が、働く人だけでなく、お客さまや地域の人にも自然と伝わっているからなのかもしれません。

つながり続ける

中川さんが大切にしている、もう一つの考え方があります。それは「つながり続けること」です。
退職したスタッフがLINEのグループに残るなど、退職後もゆるやかにつながりが続く人が少なくないのはこの会社の特徴のひとつです。場合によっては、退職者の家族とつながりが続くこともあるといいます。

印象的だったのは、ある退職者との関係についてのエピソードでした。
現在はその人とは直接連絡を取っていないそうですが、その人のお父さんとはつながりが続いているのだといいます。たとえ本人との連絡が途絶えたとしても、お父さんと連絡が取れていれば大丈夫、と安心できるのだそうです。
 
仕事を辞めたあとも、新年会の時期になるとふらっと顔を出してくれる人がいるそんな関係が、この定越食堂にはあるといいます。
 
「自分だけじゃなくて、違う人にもグリップしてもらうのが大切だと思うんです。自分とはつながっていなくても、お店のスタッフと、あるいはお客さまとつながっていれば安心ですから」と、中川さんは話します。

一人の人と一本の糸でつながるのではなく、周囲の人にもその糸を握っておいてもらう状態。
それが、中川さんの考える「つながり続ける」なのです。

半歩雇用を支える現場の実践

では、現場ではどのように半歩雇用が実践されているのでしょうか。
定越食堂の職場づくりを現場で支えているのが、マネージャーの飯田美紀子さんです。
実は中川さんと飯田さんは、以前、同じ介護施設で働いていました。

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マネージャーの飯田美紀子さん。このポスターの中で一番好きな言葉は「最善」だそうです。

介護の現場では、一人ひとりの体調や状況が日々変化します。その経験もあってか、飯田さんは人の状態を固定的に見るのではなく、その時々の状況や背景を丁寧に見る姿勢を大切にしているといいます。
そんな飯田さんが職場で心がけているのが、「人ではなくシステムを疑う」という視点です。誰かがミスをしたとき、その人を責めるのではなく、まず仕組みや環境に原因がないかを考える。
スタッフから不満の声が出たときも、「この不満の主訴はどこにあるのだろう」と、その言葉の奥にある背景を探り、本当の困りごとがどこにあるのかを見極めていくのだといいます。

できることを、一緒に見つけていく

半歩雇用で関わってきたスタッフの中には、過去に職場でのいじめを経験し、人との関わりに強い不安を抱えていた人もいました。その人を受け入れるとき、飯田さんは「できること」を事前に細かく確認することはしなかったそうです。
「できないことが多いから働けないではなく、働きたいという気持ちがあれば受け入れない理由はない。できることは、働きながら見つけていけばいい」と考え、まずは関係をつくるところから始めました。
その人は、体調や精神面の問題もあり、丸一日働くことは難しい状況でした。
それでも、無理をさせるのではなく、働ける範囲で関われる形を模索した結果、その人は約2年半、この食堂で働き続けることができました。
そして、次のステップに進むために職場を離れるときに残した言葉が「やりきった」だったそうです。
長く働くことだけが良いわけではありません。自分なりに「やりきった」と思える経験を持てたことが、大きな意味を持っていたのではないでしょうか。

特別な支援をつくらない

飯田さんの話を聞いていて印象的だったのは、「特別な支援制度」をつくっているわけではないという点でした。
働きづらさを抱える人のための特別なルールを用意するのではなく、職場全体の雰囲気として自然に受け入れていくことを飯田さんは心掛けています。

 現場で働きづらさを抱える人を受け入れるとき、必ずしもすべてが順調に進むわけではありません。他の人と同じように働くことが難しいスタッフがいると、現場の負担が増えることもあります。実際、スタッフから「一緒に働くのは難しいのではないか」といった声が上がることもあったと、飯田さんは振り返ります。そうした声に対して、飯田さんはまず意見をきちんと聞くようにしているといいます。ただし、そこで大切にしている軸を変えることはありません。

「現場にとって大変なことがあるのは確かです。でも、『それでも協力してほしい』と、きちんと話します」。

働きづらさを抱える人も働ける職場であること。その軸はぶらさずに、丁寧に伝えていくのです。

一方で、飯田さんは誰か一人の肩を持つような姿勢を取るわけではありません。

「特定の人をかばうというよりも、もっと大きな視点で考えています。さまざまな事情や背景がある人たちも一緒に働ける場所で働いていること自体、すごく誇りの持てることじゃないか、ということを伝えています」。
 働く人それぞれがこの職場をつくっているのだ、という価値観の共有を大切にすると同時に、現場の負担や不満を放置しないことも意識しています。
小さな不満でも、積み重なれば大きな問題になりかねません。そのため飯田さんは、日々の仕込みの時間などを使って「いま一番しんどいところはどこか」とスタッフに声をかけるようにしているといいます。「ちょっとしたことでも溜まっていくと爆発してしまう。だから小さい火種のうちに出してもらうんです」。
 そしてもう一つ、飯田さんが心がけているのが、働きづらさを抱えるスタッフと現場の間に立つ「橋渡し役」であることです。

双方の状況を理解しながら、現場のスタッフにも、本人にも無理が生じないよう調整していく。
誰か一人を守るというよりも、チーム全体が続いていく関係を保つこと。その役割を担っているのが、飯田さんなのです。
特定の人が支える役割を担うのではなく、チームとして自然に支えていく。そうした職場の文化が、半歩雇用をつくっているのかもしれません。

柔軟に働ける環境をつくる

働きづらさを抱える人の中には、体調や状況によって急に休まなければならないこともあります。そのため、定越食堂では店の運営そのものを柔軟に調整することもあるそうです。
具体的な対応方法としては、

  • 座敷部分を使わずに一部の客席のみで営業する
  • メニューを少し簡素にする
  • LINEグループで出勤できる人を探す

それでも難しいときは、思い切って休業することもあるといいます。
「なんとかなる」
そう思える関係があることが、働く人の安心につながっているのでしょう。

「働けるか、働けないか」という二択ではなく、「どんな方法なら働けるか」を一緒に考えていく。定越食堂の半歩雇用制度は、そんな職場づくりの積み重ねの結果のように感じられました。

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中川さんと飯田さん。前職の介護施設でも先輩・後輩の間柄でした。

働くことを取り戻す 小さな食堂からの問い

中川さんと飯田さんのお話を伺い目に浮かんだのは、半歩雇用制度で働いてきた人たちが、定越食堂の中で、働くことや暮らしを少しずつ「取り戻していく」姿でした。
働くことの楽しさ。
誰かの役に立つ実感。
助け合いながら働くこと。
思いやりながら働くこと。
本来、働くことにはそうした営みが自然に含まれているはずです。

私たちはこの2年間、働きづらさを抱える人の受け入れについては、大企業や障害者雇用の取り組みとして語られる場面に何度も触れてきました。そしてそれはしばしば、支援者にとっては「地域の企業開拓が難しい理由」として、企業にとっては「自社の役割ではない理由」として語られてきました。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
今回伺った事例は、地域の中にある、働く人同士の距離が近い企業だからこそ可能であったと感じられます。

人はいつも同じペースで働けるわけではありません。
 もし、体調を崩したら。
 もし、家族の事情で働き方を変えなければならなくなったら。
 もし、働くことが怖くなってしまったら。
そんなとき、社会との関係を完全に断つのではなく、少し距離を置きながらでも「働く」という形でつながり続け、地域の中で暮らし続けていけるとしたら。
それはきっと、多くの人にとって安心できる地域社会といえるのではないでしょうか。

小さな食堂で生まれた取り組みは、働くことの意味を、受け入れる側・支える側があらためて考えるきっかけを与えてくれているように感じます。
202635日 定越食堂および株式会社ニュートラル本社にてインタビュー)

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定越食堂(運営:株式会社ニュートラル)
https://sadagoe.com/
茨城県つくば市金田2144-2

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